せどり氏の散歩道

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『カラヴァッジョの蒼い空』 9

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  9

 男が入ってきて30分ほどたった頃、今まで無言だったその男が、加部の方へ僅かに向いて、隣に座っても良いかと聞いてきた。只座りなおすのなら、別に隣でなくてもいいのではと思ったが、特段断る理由もないし、話かけたかったのかと察して、どうそと答えた。
 しかし男は隣に座ったまま、暫くは無言でいた。
加部が別のカクテルを注文した時、男が宜しかったら、お近づきに自分に一杯だけ傲らせて貰えないかと言ってきた。
 加部は、不思議に思ったが拒否することもなく、それに従った。更にカクテルの銘柄を自分が勧めるものにして良いかと言い出し、加部は何が出てくるのか期待もあって、じゃあ好意に甘えてお願いすると返した。
 男が指定したのは、ラスティ・ネールという名前であった。ウィスキーに似た色でアルコール度はかなり高めのようで、香りを楽しみながら飲むような感じがした。

 どうですか?と男は尋ね、直訳すると『錆びた釘』だが、俗語では古めかしいという意味もあると説明した。
何となく良い語感のする『錆びた釘』という意味が加部は気に入った。
 こうされては、只おごって貰うだけでは、済まない気がして加部の方から話しかけてみた。
「いつもいらっしゃるのですか?」と口火を切った。男は静かに頷き返した。お近づきにといった割には、口を開く様子のないので、多分本当は無口な男なのではと、加部の方から話し出した。始めてきた時の話や、自分の仕事のことまで、何故かあかす気になってそれを話した。すると、男は「知ってます」と妙なことを言い出した。初めて会ったのに、何故自分のことを知っているなどと言うのか。
「え、何故知っているとおっしゃるのですか?今日初めてお会いしたばかりなのに。」と聞くと更に不思議なことに、今日が始めてではない。前々から僕の心のうちでは、知っていたのだ、と言った。加部は、もしかして自分の書いたものでもを読んだかしたという意味なのかと訝った。
男はずっとカウンターの奥を凝視したまま、言葉を繋げた。
「今日ここに来ることも、知ってました。」
「何故、だって今日は偶々思いつきで来ただけですよ。なのに何故そんなことを仰るのですか」
「知らせがあったのです」とまた妙なことを言い出した。
「誰から、誰にも言ってませんよ。だって一人で出掛けてきて、誰にもここに来るなんて言ってませんから、それなのに」
男は加部の言葉を途中で遮って、
「誰と言うことではありません。しかし、私の脳裏にそう話しかけて来たのです。」
「誰でもないということは、どういうことですか。まさかこの世のものではない者から告げられたとでも仰るのですか」
加部は少し無機になってきた。近づいてきてそんな出鱈目を言われては迷惑だ。頭でもおかしいのではないのか、と思わずにいられなかった。わざわざカクテルをおごって来て話しかけてくるところを見ると、何か魂胆でも隠し持っているのじゃないかと不安に思った。
「あなた、誰かと勘違いをされてるのではないですか?」
「いいえ、間違いなくあなたです。加部さんとおっしゃるのでしょう?」
「何故私の名前を。マスターからでも聞いたのですか?いや、そんな筈はない。私が先に来ていて、その後あなたがいらして、拝見するところ、殆どなにも喋ってはいなかったじゃないですか。なのに何故?」
「それも聞いたのです。」
「また、この世のものではない者から告げられたとでも仰るのですか?そんな馬鹿な。
私の名前を知っていたということは、やはり誰かが私の名前を教え、付けてきたとか?
そういうことでしょう?何か目的があってそのようなことをされたのですか?」
「目的は確かにあります。今日あなたに会って、どうしてもお知らせしたいことがあったからです。」
「何です?仰ってください。」と、もうここまで来れば聞かずにいられない心境になっていた。
男は、相変わらずカウンターの奥のほうをみつめたまま、静かなそして地の底から出てくるような低い声で、
「あなたが今書こうとしていることに関わることです。」
「それが何か、いけないとでも。」
「いえ、そういうことではありません。逆にお知らせすることで、あなたをお助けしたいだけです。」
「助ける?助けて頂かなくても結構です。自力でやりますから。」
「そうすると、きっと後で後悔をなさることになります。私の話を聞かなければ。」
「後悔?書くことでですか?どうやって助けてくれるというのですか。」
「ですから、私の話に耳を傾けてくれさへするば良いのです。聞いたことをどう判断し、お使いになるかならないかは、あなた次第ですから。」
「じゃあ、聞かせて貰いますか。それをどうするか決めるのは私だというのなら」
男は、少し黙った後、こう切り出した。
「あなたはカラヴァッジョってご存じですか?」
「ええ、知ってます。それがなにか。」
「それがヒントの一つ目です。それを探して来てください。」
「探す?カラヴァッジョの何をさがすのです?絵ですか?」
「いえ、それは今申し上げられません。とにかくカラヴァッジョをです。それはご存じのようにイタリアに行って探し出すのです。」
「イタリアまで行かなくてはならないのですか?そんな馬鹿な」
「とにかく、イタリアにいかなければそれが見つかりません。
次のヒントは、第二次世界大戦の時のナチス・ドイツです。ヒトラーと言ったほうが早いですが。」
「ヒトラー?何故です?」
「ヒトラーは、ご存じかも知れませんが、戦時中、ヨーロッパのありとあらゆる美術品を各地から強奪し、それをとある塩抗に保管しました。ゆくゆくは、ドイツ領内のリンツという町に巨大な美術館を建築し、そこに移し替える計画を練りました。所謂、『リンツ計画』です。その事とカラヴァッジョは深く関係があります。」
「不思議だな、今さっき本屋に行って、それに関する本を買ってきたばかりです。偶然ですか?」
「いえ、予め計画されていたことです。」
「予め計画されていた?どういうことです」
「私が予知したからです」
「予知した?あなたは何者ですか。まさか予言者とでもいうのですか?ずっと聞いてれば、そんな風だった」
「わかりません。自分でも。しかし、予知する力は持っていると気づいてます。私がそうしたくてなったわけではありませんが。だから、あなたが今日この店に来て、私があなたにお会いし、話さなければならないという使命は予め計画されていたことです。」
「はあ、そういう力をお持ちだと。いつ頃気がついたのですか?」
「かなり前からです。私も始めは信じられなかった。しかし、次第にその傾向が強くなって逆らえなくなってしまいました。」
「あなた、もしかして?」
「いえ、あなたが今頭のなかに描いているイメージとは異なります。」
「何故、今考えたことがあなたに、わかるのです。いい加減なことを言わないでください」
「察することは、誰にでも出来ることです。それが、普通の人間よりまさっているだけです」
「まあ、察するというのはわかります。わりとまとも、いえ失礼、言葉が過ぎました」
「まともであるか、そうでないかの見分けは難しいものです。まともではないが、ある能力だけは飛び抜けて優れている例は、あなたもご存じでしょう。古代の人間は、神の言葉を聞く力があったとされています。それは現代人にはなかなか理解することが出来ない事柄です。つまり、古代人は、右脳と左脳が連結さていず、右脳の働きが良かった為に、そういう現象がおきたとされています。まだ、定説の段階ではありませんが、西洋、東洋を問わず記録としてのこされているものを読むと、自然との交信がでたりとか、実際、『カミ』の姿をみていたということが、記録的に様々、書かれていて、それは単なる比喩ではなく、事実そうであったことを認める文献がいくつも、日本にだってあります。
江戸時代の学者で本居宣長て、ごぞんじでしょう」
「ええ、国学者の宣長でしょう。」
「その宣長が記した『古事記伝』には、古代に日本の最初の文書『古事記』を研究していくなかで、みつけたなかに、日本の所謂、八百万神といわてますが、無数に存在したとされる神々のことを古代人には見えていたとする説を書いています。また、古代エジプトのピラミッドやスフィンクスなどの巨大建造物を人々が造ることができたのは、ヤハウェーを信じていた、いや、はっきり言うと、ヤハウェーの声を聞くことが出来たからだと言われていますし、聖書に出てくる神への信仰もまた、同じく嘗ては実際聞いてた声を口伝えにして伝えられ、聖書学者達がそれを記録として残したのが、所謂旧約・新訳の『聖書』
であった事も伝えられています。
しかし、古代人がもっていたそのような力が次第に失われていって、現代人のなかでは、ある特定の人間以外はその力を持っておりません。ですから古代人がもっていたとされる能力のことは俄には信じられなかった分けです。
先ほど申した右脳、左脳の働きのことですが、神の声を聞くことが出来なくなったのは、両能が能嶺で連結されるようになり、共同で働くようになって、知的な働きをする左脳と感性を司る右脳の働きが統合されるようなって、バランスの良い能の働きをするようになったのですが、先ほど申しましたが、失われた力もあったということです。現代の能科学者の膨大な研究の成果が、いくつもあります。当然、書物として発表されてもいます。
一例を挙げれば、ジュリアンジェインズという動物行動科学から出発して人間の意識の発達を研究した方の書いた『神々の沈黙』という本などは良書です。もし、読んでいらっしゃらなかったら、お求めなされると良いです」
加部は、うなってしまった。どうも怪しい人物に思えたのが、このような説得力を持った人だとは。こうまで言われれば、彼の能力を信じないわけにはいかなくなる。決してオカルト的なものでもない、科学にねづいた論拠をしっかりもっていると判断せざるを得ないと。
しかし、そうなると果たしてイタリアまで行って、謎解きをしながらカラヴァッジョに関するものを探し出してこなければならなくなるわけだ。果たして、本当に行く甲斐のある話なのか。自分が書いていることに関する事柄といえば、今構想している新作のことになるが、自分の今まで描いていた構想を修正或いは全く変更することにも成りかねない。重大な判断を求められるということだ。しかし生まれてこの方、このような類の判断などしたことがない。確たるものを得て判断するには、何が必要なのか。
加部は、暫し考え込んだ後、少なくともあらぬ疑いをしたことを謝らなくてはならないと思い、そのことを男に伝えた。
「ところで、お名前をお聞きしていなかったので、教えて頂けますか?」と聞くと
「うーん、困りましたね。それは言えないのです。借りに『ヤハ』とでも呼んでください。」
「ヤハさん?判りました。そうします」
「まだ、今回お話ししたことは全部ではありません。しかし、はっきり伝えられないこともあります。それには、了解願えますか?しかし、今回伝えたことは別に隠すことではないので、ご心配なく。他の方に話すか否かは、あなたの判断で決めて下さい。不思議で怪しげな印象を持たれたかと思いますが、あなたに何か危険が迫るようなことではないので、心配なさらないで下さい」
「はい、ありがとうございます。これから、しっかり考えさせて頂きます。もし万が一実行しなかった場合でも、自分の判断でいいとおっしゃったので、そうなったらご勘弁を願います。それでは、また」と店をでかけて、後ろから男の声がした。
「お母様、お体が治られること私もねがっています」という言葉に、またしても、という驚きがあったが、今の加部には納得する他ないと思い、頭を下げて辞した。

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# by jamal2 | 2017-06-27 12:32 | 創作 | Comments(0)