IE9ピン留め

あの日から一週間

あの日から一週間経つ。何度か様子を伺いに電話をしてみるが、出ない。彼女の最も信頼している人とも繋がらない。どういうことになっているのか。良い方に考えるには材料が悪い。このまま向こうから連絡してくるのを待つしかないのか。

アンチウィルスソフトを入れた為に動作が遅すぎたのでアンインストールしてしまった。極端なほどに身軽になったが、裸のパソコンとなってしまって少々不安はある。しかし進入経路は限られているし、メールなどは全く無防備ではないので大丈夫だろう。

ほぼ毎日少しずつ読み進めているマクルーハンの『グーテンベルグの銀河系』もあともう少しだ。こういうのってクリスチャンが日課にしている聖書みたいなものだなと感じる。未読本が山積みにも拘わらずさっぱり捗らない。
今月のあ・うん文芸は先月分が持ち越しになっているので、余裕を持って予定の原稿準備をすすめている。

文藝社から連絡があって出版云々の件で問い合わせがあったが、金がないからはなから出版する気はなくて、評価とアドバイスだけが目的だったのでそれを待っている段階である。

何だか知らないが毎日ため息がでるほど疲れていて、そのくせじっとしてられない。朝2時頃から目覚め韓国映画で「ハーモニー・・・」を観てからネットオークションの出品作業などをして、かみさんが出勤した後郵便局と銀行にいった。オークションの方は好調。ミスもあるけどくよくよしてられない。

長男が体調不良でかみさんがしきりと心配している。働かせすぎの職場だが定職があるのは今日においては有り難いと言うほかない。
次男も来月帰ってくる。かみさんが計画している3ペアのボーリング大会が楽しみだ。

# by jamal2 | 2012-01-30 10:28 | 日記 | Comments(0)

奇妙な一日

詳しく話すわけにはいかないが、訳あって死にたい女性に付き添って一日過ごした。リストカットしてしまったと電話があって慌てて着の身着のままでタクシーと地下鉄を乗り継いで彼女の住むマンションに駆けつけた。携帯の充電器だけは持ってきていたのは正解だった。当初午後の3時頃までと思っていたが、窓から飛び降りようとするなどの様子を見てこのまま一人にしておけない、出来れば僕が帰る時代わりの人が来てくれれば思ってあちこち連絡をつけたが、それぞれ諸事情があって結局そこに泊まって一夜を明かさねばならなくなってしまった。歩いて2分のところに彼女の母親がいるのに埓があかない。死にたい訳は前の日あたりに聞いて知っていたが、今何を解決すべきか、どうしたいのか等等聞いて彼女の頭の中を整理させようと懸命だったが、打開策に対しあれもこれも嫌だ、もうどうでもいい、死にたいとばかりであった。でも、僕が傍にいてくれることには感謝して時々冗談を言い合っては気を紛らしていた。帰っても大丈夫かと聞く度に頭を振って自信ないというばかり。気分転換にオセロに何度も付き合っていたりもした。結局一夜中僕は眠ることができず、彼女が寝息やいびきをかいて寝ているのを正座して見守っていた。横になって寝ようと思ったが、眠剤もないし頭のなかで僕だか誰だかの声が始終聞こえていた。
 帰れたのは翌朝の10時だった。マンションを出るのと、彼女の母親が来てくれるのと同時で、これぞ天の助けと思った。帰りはタクシーも使わずフラフラの状態で帰路についた。
未だにぼーっとした状態が続いている。昨日彼女に電話したら、割と元気そうであの日のことを感謝していた。

# by jamal2 | 2012-01-27 10:57 | 日記 | Comments(0)

予防注射は怖くなかった

とうとう来てしまった21日。朝から奇妙な気分でいながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
午後7時に顔合わせすることになっていた長男の彼女の両親のことをあれこれ想像しようとするが、あまりにも情報が少なく不安と僅かばかりの緊張をじっと身のうちに潜ませて、家を出た。
「緊張してるの?」とかみさんが聞くので、「予防注射をされにいく幼い子のような・・・」と言った。
しかし、顔を見た途端それは一気に払拭されそれなりに会話も弾み、和やかな団欒となってほっとした。長男が意地を張って自分たちで結婚資金を稼ぐまで式を延ばすことに、向こうのお父さんもそして僕も出来るだけ早く式を挙げることを望んでいる相手の彼女のことを考えてやりなさいと忠告した。「背負えない荷物は背負わない。援助出来ることは出来る範囲でするから」と。
 ともかく終わってほってした。怖かった予防注射は痛くなかった。

# by jamal2 | 2012-01-22 08:45 | 日記 | Comments(0)

ノルウェーの森

村上春樹を僕はコケにしていた。若しくは、大江健三郎に匹敵する「わからん」著者として避けてきた。しかし今回映画版で「ノルウェーの森」を観てしまったばかりに、著書の方を読む羽目に陥った。随分と前に興味半分でBook Offで買った奴だが、何故かこのとき最初の数頁で放り投げてしまった。村上著の「朝日堂」シリーズは大好きだったが、やっぱり読んでおくべきかなどと思い至ったせいである。
うちのかみさんは松山ケンイチが好きらしいが、今回大河ドラマ「平清盛」で活躍とあって、「フーン・・・」てな具合で映画版を見たのだが、迂闊にも見入ってしまって挙げ句は著書まで引っ張り出す始末であった。
 村上春樹をどう思うか、他人の評価が気になってまず松岡正剛にあたってみたのと、「爆笑問題」の太田の意見がYoutubeにあったので見てみた。(というか聞いてみた)
 両者とも評価は、爆笑を誘うご意見で松岡氏に至ってはご丁寧にも現在中国では彼の著書や映画化されたものが大ブームで、今日の「韓流ブーム」に匹敵するものであることを挙げたうえ、いったい中国はどこに向かっていこうとしているのかを訝った風にも思える様子だった。
著書内の「小林書店」の部分は、マックス・フォン・ベーンの『ビーグーマイヤーの時代』のある部分とあまりにも似ていて可笑しい。
彼がサリンジャーの影響を受けていることは夙に有名であるが、例えば『ライ麦畑でつかまえて』の「アンチヒーロー」振りは永沢に見られるし、太田も言ってるが、自分のことを特別だと思っている人物ばかり出てくるという指摘もこれに当て嵌まる。松岡氏も太田もこの作品はサリンジャーそのものだと言うが、僕に言わせればサリンジャーの盗作だと言ってしまいたくもなる。柔らかく言えば「影響を受けた」或いは松岡氏のいうように「飛び火」したとも言う方が無難かもしれない。


主人公(村上氏そのものだろう)の音楽の趣味は、僕とほぼ同世代のせいもあるから同じであるが、読む本の傾向は全く違っている。殆ど知らない作家(多分アメリカ現代作家)ばかりだ。

王敏(ワン・ミン)の『「意」の文化と「情」の文化』(正剛の千夜千冊」より)も参照されたい。笑える。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1039.html

上下版の下を読んでいるところだが、随分日にちをかけて読んでいる。再来月の「あ・うん文藝」のネタにしようと思っているのだが、コケにするか「感動した!」にするか行方知らずというところだ。
 
 劉 暁波が無視され、村上春樹がブームとなっている中国事情って何なんだというのも、一つポイントかも知れない。ノーベル賞受賞の件も遡れば「あれ?!」という人も多々あるようにも思うが。

# by jamal2 | 2012-01-12 10:13 | 日記 | Comments(0)

マーシャル・マクルーハン『グーテンベルグの銀河系』についての呟き

この著は、松岡正剛の「千夜千冊」と同様の方法で読むことが出来る。
どこから読んでも構わない自由さがある。まさに「銀河系」を彷徨う事が出来るし、星と星を繋ぐ星座の線を目視する自由が与えられている。
 何時初めても良い。どこで終わっても構わないのである。読了したからといって、それで終いではない。
 辞書のように、必要に応じて「言葉」を探し、図書館のように並べられている背表紙を眺め手にとって看ることが出来るように。
 一見して彼の主張には「無理」があるようだ。しかし騙されたと思って読むだけの価値はある。
 彼の云う「視覚化」ではないが、「点」と「線」と「面」と「立体」があるようだ。
 「点と点」の繋がりから「線」が生まれ、点と線が描かれた「面」には「文字」や「絵」が生まれる。
 視線の先には「立体化」した「もの」が想像できる。
 また「かたち」が生まれ、「いのち」に繋がる。
 「いのちとかたち」、ここに新たなトリガーが潜む。
 この「トリガー」こそマクルーハンの意図したものに違いない。
 彼は僕にとって「知のテロリスト」なのかも知れない。

「文体」など必要ない。「知」と「編集」と「思索」があれば済む。言ってみれば自然とそこに「文体」が現れるに違いない。
「トリガー」があればいい。
「文章」は五感の全てを使って湧き出てくるものだ。
 最早、意識と無意識の境界はない。
 湧き出るものをぐっと堪えて、思索し佇む時があって良い。抑えきれない性欲のように止まらず噴き出してしまうのであれば、それも結構。
 多くの著者がどっちに加担したのか。
またそこには「日本的なるもの」と「西洋的なもの」のそれには違いが当然あろう。

「模倣」という言葉が浮かぶ。
 模倣は「文化」の「方法」である。そこから「編集」が始まる。
「民族」や「国家」は、模倣を繰り返し、何処かの地点で「転換」しながら変遷して「歴史」を造ってきた。
「転換」のトリガーとなったのは、「他との接触」である。「土台」の違ったもの同士の「吸収と受容」或いは「拒絶と戦い」であったろう。
「他」(ほか)と「外」(ほか)は、「同一化」と依然とした「不平等」或いは「差別化」の轍を踏む。
「好き」は「数寄」となり「好み」や「ファッション」ともなる。
 ファッションが「ファッショ化」する現代の様相は、コンフォミティー(社会的要請への従順)と機軸を一にする現象と言えるだろう。同じブランドを身につけることでアイデンティティーを保持し、同化しなければ「いじめ」られる虞を抱き、均一化することで安心感をもつ現象。これは「数寄」とは事を境にしている。
 「遁世の数寄」を愛する少数者は異界の存在である。

「共同体」或いは「大衆」には「原理」「原則」が生まれる。「宗教」「思想」「アイデンティティー」がそれらの「土台」となる時があり、その変遷があり「型」を創る。
「型」は「鋳型」となり「好み」の集合体をつくる。
 ホメロスの「型」、ルネサンスの「型」、イデオロギーの「型」。
 そればかりでなく、先頭に立つ者、扇動者、プロパガンダ等が蠢き、新しいものを産み、古きものを捨て、或いはその逆を繰り返して「共同体」や「大衆」を巻き込んでいく。

「情報」がそれらに常に働き続けるのである。
 情報の「点」と「線」と「面」が「形」をつくる。
 マクルーハンのことを「知のテロリスト」と呼んだが、テロリストには「情報」と「武器」と「堅い意思」が必要である。
 彼にとって武器とは「知」のことである。
 そして遣り遂げなければならない「何か」が彼をして著述へと向かわせる。
 彼が影響を受けた「知」こそこの「銀河系」に鏤められているのだ。
 批判もし、論駁もし、受容もし、そして「止揚」(アウフヘーベン)もしたであろう。そして一個のコスモスを創り上げたに違いない。

 以上は、この「銀河系」のほんの一部を囓っただけの思いつきに過ぎない。
 ある意味尊大で傲慢な「勘違い」と「断片」に満ちていることは否めないとは思うが、これから「彼との旅」をする愉しみを予感するばかりである。

# by jamal2 | 2012-01-06 09:50 | 日記 | Comments(0)

ソ連崩壊から始まるWikipedia三昧 「情報洪水」溺死者

朝4時に起きマクールハン『グーテンベルクの銀河系』読み始める。この著書はベルリンの壁崩壊以前に書かれたものなので、ソ連がまだ存在していた時のものであるから、記述にはそのことが前提になっている事柄があった。ソ連崩壊はいつだっけ?から始まって、そういえば祖父の書棚に那須聖著『ソ連崩壊』があったのを思いだし引っ張り出した。
 6時前雪かき。済んでから『グーテンベルグ~』再開。かみさん起き出してきたので、パソコン部屋の起動とストーブ点火をしておいて、暫し昨日の捜索のことを話していたが、白糠からの引っ越しの際かなりの書籍が処分されていることにショック。マルクス関連のもの中には「資本論」の英語版や「グラムシ全集」もあった筈だ。それらは一時期札幌の物置にあった筈だが、便利屋に全て処分されたらしい。この「処分」の中には長年のオーディオ機器も含まれていてDIATONのスピーカーが無惨にも解体されて只のゴミになったのを目撃もしている。始末屋野郎め!まあ、JBLがあるから不満は言えぬが。向田邦子の本はBOOK OFFで買い直すしかない。新刊で買うのは無論、送料かけてamazonで中古を漁る気にもなれない。

 話はそれたが、「ソ連崩壊」から始まるWikipedia三昧が始まる。これらは当然と言えば当然のことながらリンクがリンクを呼び、「ペレストロイカ」から「アントニオ・グラムシ」へ「朝鮮総連」から「パチンコ」へ「悪のの枢軸」から「イスラム原理主義」や「アルカイダ」(これは当然)から「中国のネット検閲」へ、仕舞いに「リーマン・ショック」が浮かんで松岡正剛「千夜千冊」ネットで「『霊山』高行健(ガオ・シンチェン)」の解説まで行き着く、というか戻る。総数54の記事を保存したことになる。で、いつ読むの?ってことだな。

 その後コークションの点検とメールを確認し、明日クロネコヤマトから届く外付けハードディスクの配達の件で電話。着いたら携帯にお願いね!ってこと。
 これにダウンロードしたものをごっそり保存する気でいる。棟続きでのネット配線は20日過ぎになるってことで待ち遠しい。これが完了すると、こっちにあるCDをごっそり移動しなければならなくなる。面倒だな。そのままにしておくか?最早聴く物ではなく売る物に化してしまったCD達よ。高く売れれ!それがせめてもの供養だ。
あ、そうだ。昨日録画しておいた「おくりびと」も観なきゃならぬ。
「情報洪水」に溺れる者だ。

# by jamal2 | 2012-01-05 11:04 | 日記 | Comments(0)

眠気は敵である

現在7時。4時から起きてマーシャル・マクルーハン『グーテンベルグの銀河系』を読み始める。どこから読み初めても良い構成になっているので、気になるところから読み出す。わからないことの方が多いが、マーキングしながら後でわかればと思っている。
 6時前雪かき。まだちらちら降ってきている。すること一杯あるのにもう眠たい。「眠気は敵だ。」と切に思う。
 昨日の向田邦子の特集は半分みて降参。眠くて叶わなかった。眠剤を8時に飲んだのと9時に食事したのが祟った。竹中直人主演「ヌードな夜」を半分までみる。
 今朝ハルの命日が気になってかみさんに聞いたら6月27日だった。夢にハルがドアの向こうにうずくまっていて、「こんなところにいたの」というのをみた。時々そうしていることがあった。ドアが閉まっていてしかたなくいて、しょうがないなというような顔をしていた。朝飯喰って少し寝よう。

 一時間半寝てオークションの品を郵便局まで歩いて発送する。今の所郵便局までが僕の最長歩行距離だ。行きと帰りでは何故帰りの方が早く着くのか、前から気になっていた。一つネタが出来た。
 もう一つ、帰ってから風呂に入る。再び眠気が襲ってきて、なんでだと訝る。湯から上がって体を洗う時やや目覚める。「温度」だ。外気の凍てつく寒さは嫌だが、眠気を催す室温も眠気にとって悪い方に働く。その中間温度とは何度くらいなのだろうとぼんやり考える。
 風呂の湯を洗濯槽に入れ洗濯開始。ついでに掃除機をかける。少し動くとまた覚醒感がある。「動くこと」これかも知れない。読書はスポーツだと粋がっていたが、只活字を追っていたのでは眠くなる。せめてノートに書き付けるとか、キーボードを打つくらいでないと効果はない。
 でも眠いときは眠い。
 基本的に食後は人一倍眠くて、ベッドに入るより他ない。準睡眠時無呼吸症候群であるから。それに輪をかけて酒浸りだった頃はベッドのなかに始終いながら過ごしていた。それを思えば今は忙しさに助けられて、起きてる時間は人並みか、それ以上かもしれない。自ら忙しくしてるが、そのせいで酒のことなどこれっぽちも考える暇がない。今はこれがリハビリだ。
 元来したいことが一杯ありすぎて、晩酌などという習慣のなかった男である。それは40歳すぎまで続いた。興味のあることにはアドークッテドになる傾向だが、運悪く「酒」につかまったというに過ぎないだろう。入院期間中も閑なしだった。僕の辞書には「閑」という言葉はない。3ヶ月どうやって暇つぶしするかと呟いている他の多くの患者に呆れるより他なかった。「本」でも読め!と思う前に彼らは「マンガ」を読んでいた。それもありか。僕はマンガを断じて読まない。読むという行為においてマンガは冒涜にしか思えない。アニメは時々良い作品なら観る。ジブリ作品などは子供と一緒に何度見せられたことか。「笑い」は大事である。笑いたかったら、枝雀の落語を見て聞く。今の若手のお笑い芸人の「芸」で笑ったことは殆どない。若手ばかりじゃない。本業を捨てた嘗ての芸人のトークに笑えない。「さんま」「ダウウンタウン」後忘れた。「ものまね」では少しにんまりする。彼らが折檻するTVや午前午後を問わず流れるワイドショーの番組占拠によって僕はTVから遠ざかった。大河小説、ドキュメント、良質の特集番組以外は、僕にトリガーを弾かせない。全ては「金」と「時間」のかかったものか、お安いものかということか。海外に出てロケをする太眉毛の子(誰だっけ)は嫌いじゃない。あの眉毛別にいらないんじゃない?
 Youtubeではドラマをかなり観た。TVに疎遠な為に見過ごすのと何らかの理由で観る機会を逸したものだが、「相棒」シリーズや「のだめカンタービレ」は大のファンである。上野樹里は「スウィングガールズ」以来追っているが、あの子は成長したし持っているものがある。「江」は後半入院中だったこともあって(携帯は預かりのためワンセグが使えなかった)残念なことをした。
 菅野美穂、小雪が大好きだ。あのCMに誘われてあれを呑んだもんだ。
 「坂の上の雲」「曲げられない女」「ギルティ」はTV、ワンセグ、Youtubeなどを併用してほぼ全部みた。小雪の作品は残念ながら・・・というところだが、TVにちょっと出るだけでもうっとり。

 さあ、洗濯終わったかな?終わったら何しよう。
 洗濯終わって、向田邦子の著書を探す。ない!家中さがして漸く4冊みつける。が、『父の詫び状』がみつからん。一番読み返したかったのに。

# by jamal2 | 2012-01-04 07:24 | 日記 | Comments(0)

ぶっ倒れるまで

 早朝4時から開始して午後2時ころまでかかって、ベルハルト・シュリンク『朗読者』についての原稿を書き通す。A4にして9枚、原稿用紙にして22枚。下調べのホンの一部しか使わなかったが、後の為に抽斗にしまっておく。その間食事も休憩もとらずぶっ倒れるまでと頑張った。10日頃が締め切りだからもう少し著書と下書きを読み直す時間がある。「ホロコースト」の部分は殆ど省いた。
 下調べの手書きのノートは役だった。プロットも仕上がっていたので書くのはスムーズであった。
 やっと3時頃食事をとってオークションの状況と動画のダウンロードをしかけて昼寝。で、今起きたら5時を回っていた。オークションの方は上々。明日は郵便局と銀行が開くからこれまでの分の発送と入金確認をしにいくつもり。
 原稿の締め切りが2つ同じ日だから、どっちか一方捨てなきゃならなかった。今年が駄目なら来年、いや他にも募集しているやも知れないから探してみようか。でも、かなりしんどい。イタリア語の勉強は誕生日までお預け。
 雪が積もってる。雪かきは明日だ。かみさんは連日出かけていて、今日は迎えにいかねばならない。昨日は眠気がさしてパスした。3時に喰ったので夕食はいらん。今日はBSで向田邦子の何かやるはずだ。そういえば毎年3日だったな。起きてられるか?起きたと思ったらもう眠い。

# by jamal2 | 2012-01-03 17:22 | 日記 | Comments(0)

元旦 ジョン・レノンスーパーライヴ2011

 元旦は冬曇り。睡眠微少。煙草多量。
 夜、かみさんのばあちゃんを囲んで5人で宴。ばあちゃんはビールに日本酒でハッピー気分。僕は番茶でしみじみと。
 食後丁度BSで「ジョン・レノンスーパーライブ2011」をやっている。今年で11回目だそうだ。
 出演者は、桑田佳祐(スペシャル・ゲスト)と奥田民生以外知らない人ばかり。(オジンだな)
 オノ・ヨーコのパフォーマンスは良かった。琵琶の音をバックに詩の朗読(というべきか?)。
 「ひとりで見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる」〜オノ・ヨーコ~まあ、そうだな。
 ジーンと来て啼きそうになった場面があったんだが、・・・忘れちゃった。
 ジョンが死んで31年。(うーん、きそう!)大晦日にスティーブ・ジョブスのドキュメントをみたが、やっぱりスゲーよな。(きたきた!!)
 桑田で思い出したのだが、青学時代僕の友人が(僕も彼らと高校時代一緒にバンド組んでた)桑田の誘いでドラムを叩いてくれといわれて、叩いたのか、叩かなかったのか。そんな時代に僕たちです。
 スーパーライブみながら、やっぱりジョンのヴォーカルの威力って凄かったというのを実感した。それには桑田も誰も追いつかない。「ステンバイミー」のありゃ何だ。
 ばあちゃんも付き合いで見ていたが、桑田等が使ってたギターをみて、店(昔古物商をやってた)であんなの(エピフォンかな)出してたと。(惜しいなあ、その頃だったら只で貰えたかも)
 さすがにリッケンバッカー使っている奴は出てなかった。(誰だか弾いてたな)
 そうだPower to the Peopleあたりからジーと来だしたんだ。(うーん、くる!!)
 僕は絶対ジョンはCIAかFBIが絡んでマーク・チャップマンをスケープ・ゴートにして暗殺したと思っている。JFKの二の舞だ。根拠がないと云われても彼らのすることは、そういうことだから。
 40歳ですよ、40歳。その後何年たってから?ジョージが逝った。
 入院してるときに、歯医者にかからなければならなくて、院内の歯科を予約しようとしたら、あそこは駄目だと身内の看護士がいうから、近所に「レイラ歯科」というのがあるのでそこにかかった。
「レイラ」ってもしかしてと思ったら、やっぱり受付の壁に「デレク・アンド・ドミノス」のジャケット写真が貼られていた。洒落てるね!クラプトンがジョージのかみさんを奪った歌。でも二人はその後も仲良しだったけどね。(大人だねえ)Concert for Georgeは鳥肌もんだった。(Youtubeから随分削除されてるけど)ポールがウクレレ弾きながら歌い始めるSomething。それからドラマチックな流れでクラプトンが後を継ぐ。あれ、いいね。後レアもののいくつかやってたが、渋いね。これ全部消えちゃったDVD買うしかないか。
 さあ、ポールとリンゴはいつまで?俺もいつまで?


# by jamal2 | 2012-01-02 17:03 | 日記 | Comments(0)

大晦日 執筆の日々

大晦日の今日も、朝3時から目が覚めパソコンの前に座る。昨日は正月に入ったら書き始めようとしていた『朗読者』についてのエッセイの下調べと構想のメモをノートに書き付ける。『朗読者』について重要と思われるプロットをあげ、関連する内容をウィデペキアや松岡正剛「千夜千冊」の記譜からキーワードを拾い扱われている著作について目を通す作業を続ける。例えば、主人公が彼女に読んでやったホメロスの『オディッセイア』に関する膨大な著述、当時のドイツにおける識字率の低さに関する評価と理由、エマニエル・トッド(フランス、人口学・歴史学・家族人類学)の家族型による識字率、宗教、イデオロギー、の傾向に関する調査、それは柳田圀男の『蝸牛考』における「方言周囲論」にまで及んだ。(アホ・バカ分布についての著書もそういえばあった)識字に関しては「三本の十字架」に関する記述をネットから拾うことができた。

更に重要と思われるのは、朗読(読み聞かせ)の効果や、オーラルからリテラシーへの移行についてや自閉症児が絵本の読み聞かせの時に読み手より先に読んで声に出していた経験などを思い出し、自閉症の「視覚優位性」と言語に関して復習したくもなった。これにはオリヴァー・サックスの『火星の人類学者』という著書が役立つような気がする。
でもやはり最も重要な点は「ナチズム」「ホロコースト」についてでその知識が必要になり、記述のなかでリンクされている項目についても保存し後でじっくり読むつもりでいる。
彼女がユダヤ人大量虐殺に手を貸したのは、あくまで「仕事」につきたかったからであるが、そのために「教会の火事」の事件のことで裁判にかけられた。それを彼女の失踪後法学部の学生となって傍聴することになった主人公の彼女への同情(文盲であったことを知ってしまったから)とやはりナチへの荷担の罪に対する良心という、二つながらの葛藤があったと思われる。
 少年であった時の彼女との逢瀬の時、せがまれて朗読した習慣を思い出し、無期懲役の刑に服している彼女の元に朗読のテープを送り続けた。彼女はやがて「音」から「文字」を拾いながら文字が書けるようになり彼に手紙を送ったが、彼は決して返事は書かなかった。それも何故?なのか。
 最後は彼女の「自殺」によって締めくくられる。刑期を終え社会復帰できることになり、彼がその手助けをすることになった矢先である。彼女の「死」にはどういう意味が含まれているのか。

 実は今日は、そのことを書いたのではなく入院期間中のことをエッセイ化しようとしたのだ。以前書いた文を元に加筆するのに3時間ほどかかった。まだ書き切れていない。
 もうひとつ仕上げようとしているしているエッセイは、愛犬「ハル」についてだ。『シッポのある天使 その死』という題にしようと思っている。以前ブログで少し書いたが。
 後は課題となっている小説である。もはや1/10には間に合わないと覚悟している。

 大晦日はこうして執筆やネットオークションの出品作業などに追われながら過ぎようとしている。
 来年は良い年であるように。

# by jamal2 | 2011-12-31 15:07 | 日記 | Comments(0)

< 前のページ 次のページ >