しかたないので早速注文の手続きをしてまた暫しお預けとなった。塗料が届いたのだから筆塗りも考えたが、一度エアブラシに馴染んでしまうと方向転換はできないものだ。 ヨドバシなので郵メール便だから休日をはさんで配達が遅れるが待つより他ない。塗料と同時に届いた宮本輝の『天の夜曲』と五木寛之の『戒厳令の夜』上巻に引用されていたデヴィット・ロクサンとケン・ウォンストール共著の『ヒトラー強盗美術館』でも読みながら待っていよう。 ナチス・ドイツ時代にヒトラー及びゲーリングがヨーロッパの美術品を強奪しまくり、アルト・アウスゼーの塩坑に保管し、リンツ美術館計画というヒトラーのかねての願望を実現すべく実行されたドキュメントが『ヒトラー強盗美術館』であると五木氏の『戒厳令の夜』上巻に記されている。 小説の方ではナチスが隠密裏にUボートで日本に移送し北九州の炭坑跡に秘匿されているという情報をもとに捜査する主人公等4人は、大量の武器と共に一枚の専門家が梱包したとしか思えない一枚の絵をみつける。が、日本に運ばれたとされる数多くの美術品のリストにあるそれらを見つけることは出来なかった。いったい誰がそれらを隠したのか。ことは片山内閣時代に炭坑の国営化をはかった時代に遡る。それは国営化に反対した炭坑主等による疑獄事件に絡み策謀した一人の人物であろうと睨んだ元国士である老人と主人公が動き出すが、自白するところまで追い込んだもののその人物は老人と主人公等を乗せた車の帰途中交通事故にみせかけてなきものにしようと図る。元自衛官であった運転主がそれを予測し巧妙な運転さばきでその難を逃れた。そこに使われた車が先日書いたグロッサー・メルセデスの改良車なのだ。 1973年当時という時代背景といい、ナチがらみの謀略といい、疑獄事件がらみの人物設定といい、はたまたチリのアジェンデ政権崩壊を企んだCIA等を含むアメリカの動きとも絡んで、主人公の探すパブロ・ロペスの絵画の行方を長年追い求めて日本に滞在していたチリのある女性の存在といい、謎が謎をよんで展開するストーリーは綿密な歴史認識に裏付けられたものであって、20年ほど前に読んだ時の記憶が曖昧になった今読み直して、こんなに複雑な設定であったかと驚きと感動を持って読み直した。 下巻にさしかかって物語は更に奇妙な人物を登場させる。古代の海人と山人の神話的歴史と国家の起こりに言及し、主人公は海人の末裔であり、恋人となる冴子という若い女性は山人の末裔であると告げ、古代から両者は助け合って国家にまつろわぬ武器ももたぬ自由の民であり、互いの絆のために選ばれた男女がまぐわうのを囲んで祭った習慣にならい、二人は生まれたままの姿となって結ばれる・・・というあたりまで読んだ。 海人、山人の話は柳田国男等の民俗学者の著書である程度知っていた。奇妙な人物と言ったが廃屋化した社に住む水沼という穏士で、あらゆる自然の声を聞くことが出来る能力を持った老人で、「シャンカ」つまり漂泊の民「山窩(サンカ)」のことも語る。山家、山稼、散家などとも記すが、五木氏のこの小説を最初に読んだ時以来、この「山窩」に大変興味を持ち、ことあるごとにいろんな著書にその記述を求めたものだった。サンカといえば三角寛氏が独壇場なのだが、未だに三角氏の著書にあたっていないのは些か片手落ちではある。サンカは昭和になって常人と変わらなくなり消滅したことになっているようだが、古代から延々と受け継がれた存在として興味を抱かずにはいられなかった。 更に自然物の声を聞くことが出来る能力というのは、古代人が本当に持っていた能力であることは、ジュリアン・ジェインズの分厚い著書『神々の沈黙』を読んで知った。動物行動学から人間の意識の探求に踏み込んだ研究者である。確かこれ一冊を遺して亡くなった筈である。古代人は右脳と左脳が分離して、右脳で神の声を聞いたとされ、それが左脳との連結作用によってその能力を人類は失ったという説である。今で言う統合失調的な脳の働きで、統合失調は幻聴、幻覚の障害が病理的に知られているが、本居宣長などによると古代人が「カミ」と名乗ったものは自然のあらゆるものに適用されていた。たとえば山、草木、海などもそれに含まれる。山岳信仰などといえばぴんとくるだろうが、「ヤマ」そのものが畏れ尊ぶ対象で、多分古墳の形状はその「ヤマ」に喩えられたのではないだろうか。 こうなってくるとこの小説は古代ロマンにまで発展してくるのであり、さても面白き作品であることをつくづく感じる。五木作品のなかではあまり注目されていない印象をもつが、僕としてとても秀逸なものとして受け止めている。 エアブラシの話からとんだ飛躍をしてしまったが、そんなところで終わろう。
by jamal2
| 2016-09-21 23:45
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