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泉鏡花『吉原新話』

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 本を読むとりわけ文学などを読んだ後、「面白かった」と感想を述べることが日常だが、これは女性がよく使う「かわいい」と同様、何でもかんでも一緒くたにして発する感嘆の言葉である。
 これをしかめっ面しく分析する暇もないが、色んな層にわかれているのだろう。

 今回読んだ鏡花の作は、タイトルからは郭っぽいイメージに思うが、実は怪談めいた話で鏡花お得意の作風であると言えよう。
 僕はたまに無性に鏡花が読みたくなることがある。あの言葉の流れ、切り方、止め方・・・。読んでいて自然とその名調子にのって綾をつけて黙読しているのに気づく。
 そういう文章の調子ばかりではなく、江戸、明治の風物に関わるモノとコトの細緻な表現に知らぬことばかりで、逐一調べなきゃならないのだが、そんなことも知らないの?と鏡花に叱られそうな鏡花の「教養」。これは落語家の志ん生がよく言う「学校じゃあんまし教えないことですがね」という部類のことである。
 しかし「勉強になった」と思ってしまうのは、物理学や生命科学の類のものを読んで「勉強」したのとは訳が違う。そういうものはかえって伐っちゃってしまうほど、魅入られて学んでしまういわば「教養」なのだ。

 吉原ものというか郭ものが大好きなので、それを落語の方に求めたりしていたが、何かこれはというものを探していた矢先、鏡花先生のに出会ってしまった。
 しかし、先にも書いたとおりこれは「怪談」なのである。

 名調子に乗せられて読み進めていると、なんだかわかったようなわからなかったような迷路に入ってしまい、どういう展開だったのか振り返るのももどかしく、次の鏡花先生のものを読みたくなるのだが、これではレビユーにならない。
 
 ここで横道に入るが、鏡花は尾崎紅葉に師事した。代表作『金色夜叉』。これのさわりだけ読んでみて、出だしは平安期の鴨長明の『方丈記』か『平家物語』みたいな触りとなっている。こういう書き出しは、夏目漱石の『草枕』なんかにもその影響をみつけることが出来るし、多分明治期の文学者の多くはそんな風ではなかったか。
 
 師事した尾崎紅葉に鏡花の作風が臭うかといえば、『金色夜叉』そのものを読み込んでいないのでわからないが、あるようでないようでという感じではある。
 鏡花は多分江戸の戯作ものを随分と取り入れている風であるという気がしている。
 『日本橋』などはその線であろう。
 
 と、また長くなってしまうので筋をかいつまんでおこう。

 場所は仲の町も水道尻の引手茶屋。その二階で文学者、美術家、彫刻家、音楽家などのお歴々が座をしめてさっきも書いた「怪談」という趣向。そのなかには茶屋のお妓さんたちも混じっている。
 一通り話を回して最後に幹事役がまだだということになり、不承不承その幹事役が漏らしたことには・・・

 と筋書きなどを並べたところでつまらなくなるが、ひとつここが引き金になってというのと、それを受けた展開のなかでそこと繋がるのかという場だけ紹介しておこう。

 床にふせって夜伽をされている後どれほど持つかというお妓さんがいた。実は弟の身代わりでその気の病で、ということだった。京都の大学で将来は先生、というような弟。
 それが病でもういけないという報せで、姉のお妓さんが断ち物、お百度などして願掛けていたのだが、もうしまいという時に何かをみてしまった。

 そういう場と幹事役が弔いの帰りに腕車(くるま)をみつけた時に、呼び止められた。
 トその時厭な臭いが土のうえにぐしゃぐしゃと拉げたように揉みつぶしたような、暗いので判然としない。
 「殿、な、何処へな」爺か婆かわからぬ手拭いかなにか仇白いものを畳んでのせて声をかけた。
 「吉原へ」と答えた。
 その爺婆は、荒縄でくくった死んだ烏をぶらさげていた。

 この死烏がキーワードで後が展開する。

 で、場が再び引手茶屋の二階となって、烏の化けたのか定かでないのが座敷に現れる場面となって、その場が修羅場とかす・・・。

 恐いかどうかよりそういう話のもっていきようが、鏡花独特で落語の怪談噺のようでもあり、やはり戯作っぽくもあって思わず「面白い」で片づけてしまいそうになる。

 上方の噺家桂枝雀が「緊張の緩和」という論をたてていた。落語の数ある噺を分析して三通りに区分けしているのだが、この鏡花の話もそのどれかに当てはまるのであろうが、やはり鏡花の骨頂は文体と話のもっていきようが抜群で、鏡花贔屓な後年の作家の顔の並びをみても、三島由紀夫、澁澤龍彦、半村良、唐十郎、等々何かしらの「美学」を持った人たちで、「鏡花美学」を引き継いでいるのであろう。
 
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by jamal2 | 2017-01-09 16:33 | | Comments(0)


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