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「家族」を描く是枝裕和監督作品の方法

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 今年になって観た映画のなかに是枝監督の作品「万引き家族」と「三度目の殺人」がある。「万引き」は劇場でみたのだが、小さなシネコンの最前列の席で見づらいし居心地が悪いしで最初の頃苦痛だったが、次第に慣れたのと作品の面白さに苦痛もわすれていた。
 「三度目」はネットでの視聴である。

 近年、監督ごとの作品を観るという姿勢をもつようになったが、出演するキャストも見逃さずセレクトしているのは依然と変わりはない。

 是枝作品に多く出演した樹木奇林さんが亡くなった年のうちに書いておきたかったので書いてみることにする。

 是枝監督作品第一回目のものは宮本輝の原作「幻の光」であったが、宮本作品自体家族を描く作品が多く、彼の自伝的作品「流転の海」シリーズや「泥の河」などは代表例だ。
 ここから出発したとはいえ、是枝監督はそもそもホームドラマ出身の人でそのスタンスでのものといえよう。
  「海よりもまだ深く」「海街diary」「そして父になる」「万引き家族」「ゴーングマイホーム」「奇跡」「幻の光」など「家族」をテーマとした作品がずらりとならぶ。
 しかしそれらは単に家族が設定としてある作品ではない。
 家族を成り立たせている絆の結び具合や破綻しかかるも元の絆を取り戻すといった流転を描いているといったらよいか、そこに登場人物の境遇、物語を牽引することになる事情、思わぬ展開などが巧みに織り込まれている。
 
 ここまでは大抵の監督作品にも言えることだが、是枝監督の場合、脚本と撮影と編集とが同時進行するという作業をしていることで、部分が全体を逆襲させる瞬間を逃さないのだ。
 彼は役者の「声」と言っているパーソナリティを観察しながら脚本を変化させていく。
 そこには大きな意味で「編集」ということを重要視していると思われる。
 ボルヘスは編集ということに関わって形式と手続きと知識と知覚が重なる「場所」の重要性を唱える。
 形式は是枝監督の場合「家族」というテーマを追うことであって、手続きはその「方法」を、知識は人のしぐさを含めた「情報」であり、知覚は感受性ととってもいいだろう。
 映画などは情報的暗示性を最初から仕組んだものと言えるが、彼の場合それをも編集しながら形作っている。
 是枝監督には「ひらめき・思いつき・直観」が働いている。それが部分が全体への逆襲につながる働きをもするといえるだろう。それが彼の「方法」のなかでは重要な位置を占めている。
 
 部分が全体を逆襲する瞬間ということでいえば、「海よりまだ深く」の離婚しかかった夫婦が実家に帰った時台風が来て留まらなくてはならなかったことで絆が復活する、「そして父になる」では子供の取り違えをもとに戻そうとするが、最後の場面で取り違えでもやはり育ての親子の絆に変わりはないということに気づくこと、「万引き家族」ではバラバラの寄せ集めの家族的なつながりが最終場面で世間体や建前を度外視したほんとの「家族」なっていく、といった「裸の王様」的転換が起こってくることに象徴されるだろう。

 キャストのなかで、新人や子役の場合脚本を与えないでその場で監督がささやいてせりふを言わせるという手法をとっている。
 何故なのか。
多分脚本からせりふを覚えるという強制や切迫感から解放されることで脚本とは違ったその場での役者の「反応」を得ようとしているのではと思う。
 そのことは、子役たちばかりではなく出演する俳優の場合でも使わることがある。
 その瞬間をみたのは「万引き家族」のなかの安藤サクラの取り調べの場面である。
 最初渡した脚本にはないことを検察官役から言われ、突然のことで安藤自身も動揺し言葉にならない絶妙なしぐさをする。これはこの作品のできるまでの取材番組で言われたことだったのであらかじめ知っていたので分かったことだが、ここまでやるかという感動を覚えた。
 この場面では安藤の「地」が出てしまってのだろう。そいうことまで使う監督のアイデアは素晴らしい。

 編集とは遊び、対話、不足から生まれ、照合、連想、冒険である。
 総じて「余白」から生まれ、冒険的飛翔であるといえるかもしれない。
 こういう要素を是枝監督は充分兼ね備えた人だと思っている。

 最後に樹木奇林のことを書いておこう。
是枝監督作品では思いつくところでは、「海よりもまだ深く」「海街diary」「万引き家族」に出演した。
 彼女の演技のなかには「闇」「母性」「生活感」そして「剽軽」が感じられる。
 それらを巧みに自身のなかで振り分け、自己編集している素晴らしい役者であった。
 思い出せば、向田邦子の脚本によるドラマ「七人の孫」「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」といったなか彼女の滑稽で剽軽なキャラクターが発揮されていて爆笑を生んだ。
 最近観た「モリのいる場所」でもその軽妙さ生活感、剽軽さが見え隠れしていて相変わらずだなと感心した。
 是枝監督とのタックル。これは絶妙な「息」で結ばれていたと思う。

 以上是枝裕和監督の「家族」描いた方法について。
 


 

 

by jamal2 | 2018-12-25 13:14 | 映画 | Comments(0)

「五つの銅貨」

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 1920年代、田舎からニューヨークへ出てきたコルネットの得意な青年レッド・ニコルズは、ウィル・パラダイス楽団に入る。レッドは、知り合った歌手のボビーとのデートで訪れたルイ・アームストロングの出演する闇酒場で、飛び入りで見事なセッションをしたことから実力を認められるようになった。ボビーと結婚して独立し、ディキシーランド・ジャズ・バンドのファイブ・ペニーズ楽団を結成して、巡業を始めた。娘のドロシーが産まれ、若き日のジミー・ドーシーやグレン・ミラーも加わった楽団も順調だった。ドロシーは幼いながら、両親の血を引いた音楽の才能の片鱗を見せ始めた。楽団の人気は絶好調となり、旅回りの興業が忙しくなったレッドは、妻の反対を押し切ってドロシーを寄宿舎に入れる。そして忙しさにかまけて娘と会う約束を度々キャンセルするようになっていく。ついにクリスマスの夜、ドロシーは寄宿舎のブランコで雨の中両親を待ち続けて倒れてしまい、小児マヒで両足が不自由になってしまう。そして、あれほど仲の良かった父娘の間には深い亀裂が残った。レッドは後悔に苛まれ、音楽を捨て、残りの人生を彼女の治療に捧げることを決意する。楽団を解散し、トランペットをゴールデンゲートブリッジから投げ捨ててしまった。

時は流れ、レッドはロサンゼルスで造船所の職工になっていた。今やグレン・ミラーやジミー・ドーシーは自らの楽団を率い、米国を代表する音楽家だ。しかし、もはや誰もレッドがかつて人気絶頂の楽団のリーダーだったことを覚えていない。ドロシーにも当時のことはおぼろげな記憶でしかなかった。ドロシーの誕生日会で彼女の友達が遊びにきた際、かかっていたレコードの話から、レッドはグレン・ミラーたちが自分の楽団にいたと口を滑らしてしまうが、誰も信じない。そこへ妻のボビーがコルネットを持ってきてレッドに手渡す。だが、長いあいだ楽器を手にしていなかった彼には、まともな音ひとつ出せなくなっており、ドロシーの友達は呆れて帰ってしまった。しかし、ドロシーは徐々に幼い日々の記憶を蘇らせ、父が自分のためにいかに尊い犠牲を払ってくれたかを理解する。ボビーや昔の仲間たちはカムバックを進めるが、レッドは自らの技術のあまりの劣化ぶりに諦めてしまっていた。しかしドロシーは、自分の脚のリハビリの時の話を持ち出し、厳しくレッドを叱咤する。やがてレッドは復活に向けた練習を始めるのだった。鍛錬を重ね、レッドはついに場末のクラブで復帰することになった。だが、彼の名は既に世間から忘れ去られており、客席はがら空きだ。がっかりするレッド。そこへ突然ルイ・アームストロングが、ドーシーやミラーなどかつてのファイブ・ペニーズのメンバーと共に演奏しながら、観客を引き連れて入場してきた。たちまち盛大なセッションが始る。往年の勢いを取り戻したレッドのコルネットが鳴り響く。そして、最後に娘ドロシーからも、思いもかけぬ贈り物がもたらされるのであった。

 この映画を観たのは白糠時代でレンタルで借りたジャズ関連のビデオのひとつである。

数々の名シーンは上記した内容であるが、印象深いシーンをいくつか動画で拾ってみたい。

 


by jamal2 | 2017-11-18 16:58 | 映画 | Comments(0)

映画の世界(1)

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 うーん、いきなりだが全く持って荷の重いテーマだ。
 僕にとっての映画の原点とはチャップリン?いやいや、そこまで古くはない。とはいってもテレビ時代では「三馬鹿大将」という似たようなのがあって、学校では見るのを禁止されていた。恐ろしい時代である。

 では何かといえば、「サウンド・オブ・ミュージック」なのである。
 家族5人で初めてみたのがこれだった。なかでもエーデル・ワイスがお気に入り(my favorite thinngs)だが、 アポイという山を新家族で登った時、長男が歌ったのがこれ。何故?まるでアポイを何度も登っていたかのように登山口で既に歌っていた。
 そのくらいアポイという山はアルプスを思わせる山で、たった800mくらいしかないのに、海抜0mから登るのでアルプス並みの感じがするのだ。
 そういうアルプスを背景にしたミュージカル映画。誰もが知っているからあえて語ることはないのだが。
 とりあえず、みてみよう。
 
 もうオープニングから泣けてくる。
 しかしだ、動画サイトを検索するとどこも消されているか、無料ではない。これはいかんぞと今悪だくみをたくらんでいる。
 
 次に見たのが兄とみた「史上最大の作戦」。ノルマンディ上陸作戦の一部始終である。戦争ごっこ大好きな僕たちは大感動した。
 当時テレビでは「コンバット」をやっていたが、その影響もある。
 
 次にみたのがイタリア映画であったが題名を忘れた。テレビでは「ちびっこギャング」のアルファルファというのがあったがそんなやつである。
 
 その後が友人とみた007シリーズ。むろんショーン・コネリーのジェイムズ・ボンドである。
 
 毎回変わるボンドガールだが、さほど期待はしていなかった。やっぱりボンドが一番。
 テレビの方では、「ナポレオン・ソロ」という二番煎じがあった。
 
 二番煎じといえば「ザ・モンキーズ」。これはビートルズの「HELP!」のもろパクリ。とはいえ、「HELP!」は007のパクリだが。
 

 さてそのあとは邦画もみるようになる。
父とみた「日本のいちばん長い日」のオリジナル版。これがこわかった。

友人のすすめでみた酒井和歌子と黒沢年男のは「めぐりあい」
 
 でもこんなシーンじゃなかった。トラックの荷台でのキスシーンだった。これがワコちゃんのデビュー映画だった。
 そのあと酒井和歌子のばかりだが、これは省く。
 そのあとは加山雄三の「若大将」シリーズ。
 
そしてお恥ずかしいいが、当時のGSブームのなかで、ザ・タイガースの「世界はぼくらを待っている」だった。

その前にほぼ学校の強制でみせられた「東京オリンピック」の記録映画と「白い恋人たち」。でも結構面白かった。

さてその後になるとかなり順番が怪しくなる。
であるから順不同となるがほぼその年代ということで。
まずは「ロミオとジュリエット」。オリビア・ハッセイ。布施明と一時器夫婦だった。
「ある愛の歌」「ベニスに死す」「赤ずきんちゃん気を付けて」「個人教授」「シチリアン」・・・もうわかんない。そのあたりが高校時代だろう。


その一歩手前がビートルズの「LET IT BE」と「いちご白書」だった。

これで僕の人生がらっと変わってしまった。以上は劇場版だがテレビでみた「金曜ロードショー」などの記憶を足すとわけがわからなくなる。
後は後日ということで。

by jamal2 | 2017-09-29 14:05 | 映画 | Comments(0)

「ホタル」

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 ちょっとコメントが長くなりそうな予感がするのだが、単にこの作品のあらすじと感想を述べるだけなら「無事安泰」というところだが、気になる事柄についてあれこれ目を通してみてスルーしきれない問題を孕んでいることに引っ掛ってしまったからだ。
まずはお気楽なところから。キャストのうち金山文隆(キム・ソンジェ)役の小澤征悦といえば世界の小澤征爾の子息であり最近注目する俳優で、堤真一主演の「クライマーズハイ」で亡き父の跡継ぎ役で堤と剣呑な峰をロッククライミングする場面に登場した。小澤征爾の息子ということで親しみを感じて他の出演作品を探ったところ、この高倉健と田中裕子の共演する「ホタル」にヒットした。ああ、こんなところでも共演してたんだ(高倉の遺作となった「あなたへ」の感動再び)と喜んだ。
変な自慢をするようだが、田中裕子は僕と高校時代、彼女は札幌西高校で僕が札幌東の同学年(当時は勿論全く知らなかったことだけど)ということで、彼女の住んでいた家はどこだかわからないが、妄想を働かせれば大通りのバス停の集中するあたりでもしかしてすれ違っていたかもしれない・・・なんて思ったりもした。東西南北の公立高校の所在地のうち最近まで知らなかったのが西校で、肺炎で入院していた時通りかかり、これが田中裕子の通っていた西かと感慨深く眺めたものだった。ま、それだけのこと。

あらすじは、桜島を望む鹿児島の小さな港町で静かに暮らす山岡(高倉)と妻の知子(田中)。漁師をしていた山岡は、知子が14年前に肝臓(腎臓の間違いでは?)を患い人工透析が必要になったのを機に沖合での漁をやめカンパチの養殖を始めた。時代が“平成”に変わったある日、山岡は藤枝という男が青森の冬山で亡くなったことを知る。藤枝は山岡と同じ特攻隊の生き残りだった。山岡は再び“昭和”という時代を見つめることになる。(ウィキペディアより)

(昭和)天皇薨去の報を元特攻隊だった者たちに去来する思いはそれぞれではあるけれど、死にゆく覚悟を胸に秘めその日を待った嘗ての若者の心理に違いはなかったであろう。「お国の為」、「家族の為」の母国が違ったにせよ。在日朝鮮人だった金山(キム・ソンジェ)の許嫁だった知子が金山の戦死の痛手を見守ってくれた山岡の妻になる。山岡の心理には許嫁として釜山にいる金山の実家に受け容れてもらっていた身であったことが複雑に絡んでいたであろう。その為であろう天皇薨去を元特攻であった山岡に新聞社が感想を聞きにきても何も話すことはない、ご冥福を祈るばかりだと語らせた一因に思える。だからこの作品には「天皇」と「朝鮮」という二つの存在を「元特攻隊員」に旨く絡ませてみせた降旗監督の力技と言えよう。しかしこの演出が思わぬ波紋を呼ぶのだが今少しゆるくいこう。
天皇の死を山岡とは違った思いで受け止めた藤枝(井川比佐志)という男の存在を描き出す。山岳ガイドという設定だが元特攻の生き残りであった。薨去の報に明らかにショックの表情を浮かべた。孫の真実を連れて青森から鹿児島の知覧を訪れ知覧特攻平和会館や嘗て特攻時代に世話になった「特攻の母」と謳われた鳥濱トメをモデルにした食堂の富子(奈良岡朋子)と偶然出会い誘われて富子の食堂を訪れる。会館では展示された遺影のなかに金山の姿をみとめた。孫から出撃のことを聞かれ山岡と出撃したが整備不良で無念にも引き返さざるを得なかったことを思い起こす。食堂についてからの富子の語る「ホタル」の話に藤枝の胸に再び去来する口惜しさがその表情に現れていた。一度目の出撃で藤枝同様整備不良で引き返した宮川という軍曹が、二度目の出撃前に富子に今度は立派に敵空母に体当たりして帰ってくると言われ、どうやって帰ってくるのか不思議に思っている富子に「ホタル」になって帰ってくるから追っ払わないでくれと言い残した。果たして出撃した後、ある日食堂に一匹のホタルが現れその場にいた隊員たちが「宮川、宮川」と呼んで見守っていたというエピソードを無念な思いで語った。また宮川の出撃は終戦の6日前だったことを口惜しく語った。藤枝は山岡に電話したものの外出中の山岡に一泊して会うこともせず、孫の帰宅を理由に催促を断るのだった。その後藤枝は雪山で遭難して亡くなったのだが、死に遅れた元特攻の「殉死」だったのだろう。山岡に知覧まで来て会わなかったのもあの時伴って飛行してくれた山岡に不正備故に引き返せと促された不甲斐なさを忘れなかった為であろう。「昭和」の終わりと共にあの時散っていった戦友の許に逝きたかったのであろう。
話は在日朝鮮人だった金山少尉のことと、人工透析を続ける知子の腎臓移植のことに移る。ある日富子に呼ばれ老人ホームに入ることにしたので戦死した隊員の遺品を届けることが出来なくなったのだが、どうしても金山の家族の許に釜山に行ってきてほしいと山岡に頼む。何千という戦死した朝鮮人の遺骨が故国韓国側に受け容れを拒否され個人的にしか叶わないという事情であった。山岡は苦渋の選択を強いられた面持だった。かてて加えて妻の寿命が残りわずかであることを主治医(中井貴一)に告げられた山岡は腎臓移植に自分の腎臓を使えるかと申し出る。検査結果それが可能となったが移植しても治るという保証はなく、後は本人の意思次第であるといわれ帰って妻にそのことを打ち明けるが快諾は得られなかった。二人で支えあって寿命を全うすることを誓い合ったのだから、寿命に逆らわないことでいいと知子は言う。
富子の引退の催しの場面から佳境に入る。報道が入っているなかで戦死した特攻隊員のことを忘れずに語り継いでほしいと結ぶ富子だったが、花束贈呈を藤枝の孫から受け取った時、感極まって、『あんな若い人たちを殺してしまった』と絶叫して、立ちすくみ、泣き崩れる。死にゆくものを万歳、万歳と見送った本音の心境を吐露するのだが、会が終わって桜島のみえる菜の花畑で藤枝の孫に呟く山岡の言葉にもそれがあった。死を覚悟して飛び立ったものの、機内で思うことはそれまでの短い人生の楽しかったこと辛かったことを振り返り「生きたい」という本音の思いとそれを押し殺して家族や祖国のため死のうとする覚悟とに揺れたと告白する。
山岡は沖縄に辿り着く前に敵機に囲まれ数十発の銃弾をうけながら空中戦をしたが不時着せざるを得なかった。天皇薨去をうけ取材にきた記者を紹介した元整備士の竹本(夏八木勲)は、機体がとても目的地に辿り着くことが出来ない状態であったことを知っていながら隊員を見送った当時のことを記者に漏らす。まさに特攻作戦とはそういうものだった。
以前吉田満の著書『戦艦大和の最期』のことを思い出す。吉田は沖縄戦に出撃した不沈艦と謳われた大和の乗り組み員である。特攻指令をうけたこの巨艦は戦争末期のその時期には残り少ない油を食うお荷物でしかなかった。「特攻の先駆けとなれ」という美辞の裏側には帰りの燃料を当然のごとく満たしていなかった。はたして沖縄にたどりつく前に事前に察知しいた敵戦闘機の集中砲火と魚雷によって、沖縄の敵艦に体当たりして果てるという目標さえ果たせず敢え無くその巨体を沈める結果となった。漏れた重油の波のなかから吉田等は辛くも生還したのだが、終戦まもなくその実態を手記にしたのが本著である。当初GHQの検閲に引っ掛り出版できなかったものの、小林秀雄等の尽力で出版にこぎつけた。カナ文体で今の読者には読みづらいという指摘もあるが、かえってリアル感があると僕は感じた。その後吉田の『戦中派の死生観』を読む機会があったがこれも推薦したい。

横道に逸れたが嘗て出撃を前にした金山少尉と共に語り合った海岸に知子を連れた山岡は、富子の願いを受け入れ釜山の金山の墓を一緒に参って欲しいと語る。肩の荷をおろして冥途にいかせてくれるつもりなのかと言っていた知子だったが、金山が山岡等に遺書ではなく自らの口から思いのなかの知子にむけて語った言葉の回想を繰り返す山岡の言葉に心動かされる。「朝鮮民族万歳、知子万歳」。

釜山を知子と共に訪れた山岡が、金山の親族と対面する場面がクライマックスである。特攻にいかされた怨念をあらわにする家族に向かって嘗て金山が口頭で語った言葉を文章にして山岡は伝え出撃前夜富子の店に誰一人金山に面会に来ず一人佇む彼が富子等に歌ったあの「アリラン」を山岡は遺族の前で歌った。遺品を渡そうとするも受け取ろうとしない家族の後ろに控えていた車いすの金山の母が前に出てきてそれを受け取った。知子と共に帰郷するのを待っていた母は許嫁が日本人であることを隠さなかったことなどを山岡と知子に話す。帰ってくると思っていたので彼の墓はなく親族の墓を参ってくれとの言葉で二人は墓参する。そこにまた「ホタル」が二人の周りを飛ぶ、金山がホタルになって表れたようだ。

全てが意味のある作品に思えた。
前段に仄めかしたようにこの作品に関して論議を醸したようであり、僕としては捨て置けない「歴史認識」に基づく事柄と主にネット上ではき違えた「言論の自由」による心無い発言の横行について「ホタル」part2として映画ジャンルから離れて問題にしたいと思っている。




by jamal2 | 2017-07-19 08:46 | 映画 | Comments(0)

「モーツァルトとクジラ」

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つい2日前、ヘンな夢を見た。とても怖いと思ったが、振り返ると滑稽といえば滑稽な夢である。子供の頃見て以来のこの年になれば馬鹿げた夢を見たものだとやはり可笑しかった。しかし之にはそれなりの理由があった。
深夜から朝方まで読み物や書き物をして、かなり頭が疲れていたせいもある。痺れるような頭の疲れを感じながら床に入った。短い睡眠の中で、急に目の前に何かの文字が次第に揺らぎだし、あたもそれが僕を呪うように迫ってきた。と思っている内に地鳴りのような振動が突き上げるようにおそってきた。地震の余震に似たものが次第に強くなり突き上げるような地震となって僕を怯えさせた。地の底から何かが現れてくる予感がした。「怪獣だ」。そう思った途端本当にそれが現れたのだ。何者だ、怖い、・・・と、そこで目が覚めた。

目が覚めたとき、それをどうしてみたのかある確信があった。之は言うべきか迷うことで、この際伏せておこう。

しかし「怪獣」だはないだろう。子供心によく見た夢だったが、この年になってみるなんて。
地震の経験は釧路時代度々経験している。突き上げるような直下型地震で、次第に揺れが激しくなり、あたりのタンスなどの家具が揺れで倒れ、家中のものが散乱するのを何度も経験した。多少の揺れは頻繁だったから慣れっこになっていて、またか、ぐらいにしか思わなくなるほど日常茶飯事のこととして気にもとめなくなるほど慢性化していた。しかし大地震の時の揺れの感覚は忘れられない。
その夢の中の揺れはそれに似ていた。

伏せておくと言ったが、延引になっていることだけ話す。

先回も少し書いたが、「モーツアルトとクジラ」と「ベロニカは死ぬことにした」を立て続けに観たが、前者のことのみ触れよう。

アスペルガー症候群の障害を持つ青年と彼が所属する自助グループの一人の女性との恋愛と結婚の話である「モーツァルトとクジラ」は前にも言ったが、「レインマン」をみようとしてみつからずに、動画名が「レインマン・クラブ」とあったので試しに観てみたのが切っ掛けだった。思いの外面白かったが、調べると脚本家が同じひとで、ロナルド・バス。

「自閉症の一種であるアスペルガー症候群の症状を持つ主人公のドナルド(ジョシュ・ハートネット)。彼は、同じく障害を持つグレゴリー(ジョン・キャロル・リンチ)やグレイシー(ラスティ・シュウィマー)らと共に定期的に集会を開き互いをサポートする、自助グループのリーダーを務めている。ある日、その集会にイザベル(ラダ・ミッチェル)という名の美容師がやって来る。彼女は自分の障害を認めつつも、過去に持つ悲しい思い出を引きずっていた。イザベルは集会へ参加するうちに、不器用ながらも今まで知り合ったどの男とも違う優しさを持つドナルドに興味を抱き始める。一方のドナルドも、自由奔放だが魅力的で活発なイザベルに恋をし始め、二人は互いに距離を縮めていく。」(ウィキペディアより)

自助グループのリーダーとして真摯に献身するドナルド、一方破天荒で周囲から少し浮いた存在のグレゴリー、ドナルドは数字に意識が働きすぎるがその才能はずば抜けている。グレゴリーは嘗て少女時代にレイプされた経験からセックスさえさせれば周りに受け入れられると思い始める、二人ともペットを愛玩する。逢う内に次第に気持ちを通じ合い、ある時ハロウィンパーティに待ち合わせて出掛けることになる。グレゴリーはモーツァルト、ドナルドはクジラの着ぐるみで。その後初めてのデートで遊園地に行くが、グレゴリーが輪投げのこつを教えるといい金属の話を一遍に投げた途端、グレゴリーはパニックを起こしその場にしゃがみ込む。
その後も二人の仲は進展したが、ある日グレゴリーが散らかり放題のドナルドの部屋を隈無く掃除したことで、外出から帰ったドナルドはパニックに陥る。散らかった成りに彼の心理的安心があったのだろう。彼は落ち着くために駐車場の車のナンバーの数字を片っ端からみて計算して廻った。
時がたちドナルドは大学病院の統計データの管理の仕事に就き、一軒家で共に暮らし始める。しかしドナルドの職場の上司を招くことになり、グレゴリーに「感じよくしていてくれ」と頼んだことで不和を起こす。言い合いの末、グレゴリーは「あなたは、普通の人になろうとしている。それが別れる理由よ」と家を出ていくことを命じた。仲違いの間、何度もグレゴリーから留守電がありドナルドは躊躇し続けた末、ペットの兎がいなくなったと助けを求める声にグレゴリーのもとに再び現れる。喜びを示した彼女は友情を求めた。しかしドナルドは「求婚」を求めた。それに対しグレゴリーは怒りを露わにして彼のもとを去った。ドナルドは電話すべきかどうか迷いに迷った。職場の自分の電話も川に投げ捨てた。そんなある日大学の構内で彼女の姿を見かけ追いかけた。嘗て行ったことのある場所で二人は再会する。何故電話してこなかったと責めるグレゴリーに、「君の人生に無理矢理割り込む権利はない」と。しかし二人は和解し、そして結婚した。

嘗て務めた障害児の施設での仕事を振り返りかえって言えることは、彼らの介護も含めた関わりの中で大局的に言って美辞麗句ではなく僕らの方が「育てられた」というのが嘘偽りのない本音であった。確かに身体的にも知的面でも重度の子が年を経るごとに増加してきて、ケアーに関わる仕事の量と密度は尋常ではなくなっていった。特に早朝の起床時の時間に追われた中でこなす雑多な事々は、受け持つ子供の数は他職員との分担ではあったが限界ぎりぎりで、只介護するばかりでなく、自立の支援のために声掛けしながら自ら行うことを見守る時間にも割かれた。他の子供のケアーに移らねばならない焦りを抱えながら、辛抱する気持ちには苛々があったことは間違いない。指導方針とはいえ何故このクソ忙しい時にと、毎度のことながらそういう子の番になるのが疎ましく思った。せめて途中何のアクシデントもなく済めばと思って事を進めていても、そうはいかないのが常。
流行性の感染症が蔓延すると、多数を隔離しなければならなくなると、さながら野戦病院化する。ノロウイルスなどは最たるもので、嘔吐、下痢、などからの感染予防処置、その始末、職員は感染予防のゴム手をはめ処置後の消毒、嘔吐、排泄物の厳重管理、その他諸々に神経をとがらせている職員間の緊張感。ミスや手抜きに対する看護士のヒステリー。長引けば次第に通常以上の疲労と先の見えない活力の減退。出勤することさえ疎ましく思えてくる。
更に最重度の知的障害の子が度々起こすのだが、夜間覚醒して付けている紙オムツに便失禁したうえに、紙おむつのカサカサいうのが嫌で手で破き捨て、そこに付いた便を口に入れるは、布団といわず周囲の壁に塗りたくることが度々あった。宿直明けの仮眠からさめて、彼の様子をみに行って部屋のなかをみた時の有様に、言いようのない「怒り」が心頭し、思わず殴りかからんほどであったが、度重なる経験から取りあえず彼をシャワーで洗浄し、それからやおら泣く泣く部屋の汚物の片付けに取りかかった。
そういった数多の労苦は今になれば、昔の語りぐさで、入所部門に勤務しているなかでは、重度の身体障害ではあるが知的には言葉を発することは出来なくても、表情と僅かの仕草で意志を示す子供もいて、その子の声にならない「声」を読みとることが出来るようになった。こちらが冗談を言えば体を揺らして声を挙げて笑い、なにをか訴えていればその意図を読みとって応えてやれば、安心した表情をする。全て全面的に介助しなければならなかったが、不思議と面倒だとは思えなかった。
僕が言葉のない子の心の「声」を読みとる力を得たのは、そういう彼らからだった。そのことが他の面でも子供達に対する自分の姿勢を培うことが出来たことは、かけがえのない財産だと思っている。
彼らから「育てられた」というのは、そのことである。
それだから、自然と出勤して入所棟のドアをあけた途端、僕の姿をみつけて子供達が笑顔で集まってきてくれた。
どんな子でも「わかってくれる」という信頼を寄せてくれる有り難さを身にしみた。

少し長くなったが、アスペルガー症候群についての知識は、殆どないに等しい。ネットから映画を観てあてはまりそうなことをピックアップしてみた。

「アスペルガー症候群は、知的障害のない自閉症と呼ばれていますが、当然個人差はあります。」


「 このような障害を持っているため、相手を傷つけるようなことを言ってしまっても、それに気付けず相手の気分を害したままにしてしまうこともあります。」

「アスペルガー症候群の人は、特定のモノに対してかなり強烈に興味をしめします。その興味を持ったモノに対しては、尋常でないほどの集中力を発揮します。そのため小学生であっても、大人たちがビックリするくらいの豊富な知識を持っていたりします。」

「あと、特定のモノに、非常に強い関心を持つ場合がよくあります。そのため、関心を持った分野だけは、普通の人では敵わないほどの能力を発揮する場合が少なくありません。それは、幼稚園児や小学生であっても、年齢に不相応なほどの高い能力を発揮することが珍しくありませんから「アスペルガー症候群=天才」というイメージを持っている人もいるくらいです。そのように高い能力を発揮するくらいですから、アスペルガー症候群は「知的障害のない自閉症」と解説されている場合もあります。しかし、他人の気持ちを察することが出来ず、他人と上手くコミュニケーションが取れない」


「アスペルガーの人は他の様々な感覚、発達、あるいは生理的異常を示すこともある。特徴的なゆらゆら歩きや小刻みな歩き方をし、腕を不自然に振りながら歩くかもしれない。手をぶらぶら振るなど(常同行動)、衝動的な指、手、腕の動きもしばしば認められ、チック症を併発している場合も多い。

アスペルガーの人は感覚的に多くの負荷がかかっていることがある、匂いに敏感だったり、あるいは接触されることを好まなかったりする。例えば、突然大きい声でまくしたてられたり、頭を触られたり、髪を触られるのを好まない人もいる音に神経質過ぎて不眠を訴える人も多い。

アスペルガー症候群の感覚面での特徴として、「ちょっとした態度や言葉で著しく傷つき、それがトラウマとなりやすい」「過去のトラウマから、第三者にとってはちょっとしたことでもフラッシュバックを起こして大騒ぎをする」「大変まじめで、それゆえに壊れやすい」という見解を出している」(以上)

これはあくまで映画の中で思い当たることだけを取り上げた。従ってその全貌を示しているとは限らない。
しかしなるほどという点も多く、多少の理解にはなったかも知れない。

冒頭で「夢」のことを書いたが、ここに取り上げた事柄に関係している。しかし、今はそのことを書く勇気がない。
もし書けるときがきたら、その時に。

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by jamal2 | 2017-05-30 04:39 | 映画 | Comments(0)

イタリア映画最高!

 
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 今日はまるで一日何をしていたのかぼんやり過ごした。
 TAMIYAの2016年の静岡ホビーショーの一部だけみたり、「イル・ポスティーノ」というイタリア映画を少し見直した。チリの革命詩人パブロ・ネルーダが亡命した島の住まいに郵便物を届ける郵便配達の話しである。
 とそういえばと大島博光の『愛と革命の詩人 ネルーダ』があったなと思って書棚から引き出したが読む気にならずそのままにしていた。
 五木博之の『戒厳令の夜』にネルーダが出てきたのだが、多分それ以前に歌でネルーダの歌詞を読んでいるはずだ。
 チリのアジェンデ政権下、アメリカの干渉で政権が危うくなったあたりの話しを五木の文から知った。
 「サンチャゴに雨が降る」だったか映画もあった。
 CIAの謀略が絡んだ反革命のことなどである。
 そういう状況下ネルーダが国外追放となってイタリアに渡り、暮らした。
 女性ファンが世界中にいて届けられる手紙などが全て女性だというのを主人公の郵便配達が不思議がっているあたりまで観て中断した。
 
全く憶えていないシーンだ。
ネルーダ役がフィリップ・ノワレという俳優だが、そうか「ニューシネマ・パラダイス」の彼か。
ヒッチ・コックにも似ているし、どこかで観た気がしていた。

「イル・ポスティーノ」は監督がマイケル・ラドフォード。
「ニューシネマ」はジュゼッペ・トルナトーレ。
ラドフォードはイギリスの監督か。

 しかしイタリア映画にはいいのが一杯ある。
  マルチェロ・マストロヤンニが出ていたものとか、モニカ・ベルッチの「マレーナ」なんかたまらないね。庶民性という奴だ。
 

 ま、そんなところで今日はお茶を濁して・・・。
 
 

by jamal2 | 2017-04-03 01:25 | 映画 | Comments(0)

「人」が「人」を救う姿を賛美する



 
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「杉原千畝 スギハラチウネ」の続きを観た。率直に感動した。人が神などの力を頼らず「人」が「人」を救うことが出来ることを信じさせてくれる作品であった。
 何千人というユダヤ人が日本への入国ビザを得ることに助力し、必ずしも宛のある援助ではなかったにしても一瞬でも天国を観ることが出来たのならこれほどの救いがあろうか。彼らの同胞の大半は収容所に送られいずれ焼却炉に送られたのだ。その一部でも、数など問題ではない。その一部でも杉原という男によってその悪魔の仕業から逃れることができたのだから、これほどの福音があろうか。
 彼には外交官としての「名誉」には縁がなかった。やりすぎるほどにビザを発行しそれが為に名誉という肩書きを得られなかった。生き残れたユダヤ人から得ることが出来た感謝はほんのわずかであったろう。そのことに何の不満も抱かない筈の人間であったと思う。仕事とはそういうものだ。
 
 しかし、この字幕を作った奴には腹がたった。機械翻訳そのままを公開してすましている。しかしこの機械翻訳にも劣る語学力しかない自分が情けなかった。ほんの少しこれよりは日本語に対する愛情があるだけなのだが。

 ちょっと余談になるがこの作品中、プラモデルファンとして嬉しい映像を得たので紹介したいが、先月作ったシトロエン11CVがこのなかに使われていたのと、ドイツⅡ号戦車もちょっとだけ映っている。シトロエン同士のカーチェイスがあったりして・・・・ホホホ!それをキャプチャーしたので、
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くだらないコトしてますね・・・。








by jamal2 | 2017-02-15 16:46 | 映画 | Comments(0)

天網恢々疎にして漏らさず

 
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 昨日二つほど吃驚したことがあった。
ひとつは、「平清盛」のテロップを何気なく追っていたとき、僕の目に「キース・エマーソン」という名が飛び込んだことだった。えっと思って、もしかしてあのエマーソン・レイク・&パーマーのエマーソン?
エマーソン・レイク・&パーマーといえば、「展覧会の絵」で一躍プログレッシブ・ロックで当時騒がれたロック・バンドである。ハモンドオルガンやシンセサイザーを駆使したトリオのバンドで、無謀にもムソルグフスキーの難解な曲のピースを買って弾こうとしたことがあった。その彼が去年、猟銃で自殺していたという記事をみつけショックだった。何でも手の麻痺で8本の指しか仕えないことを苦にしていたらしい。エマーソン・レイク・&パーマーに関しては一時的な関心でしか過ぎなかったが、もう何十年もたって彼の名をみつけたことに驚愕した。

 もうひとつは、松方弘樹の元妻仁科明子に関することで、彼女のほぼデビューに近い頃の出演作品を見て以来、ファンになっていたのだが、何を勘違いしたのか芥川賞作家庄司薫の本『赤頭巾ちゃん気をつけて』の映画化された作品のヒロインが彼女であるとばかり思いこんでいた。ところがもうそれこそ40年以上たった昨日、それが別人だったことに気づかされたことだった。庄司薫氏はその後何冊か書いた後、本業の弁護士稼業に戻り、後に僕の大好きだったピアニスト中村紘子と結婚した。彼女の訃報も最近知って吃驚したのだが、その『赤頭巾ちゃん・・・』の本に「天網恢々疎にして漏らさず」というコトバを当時知って、いい気になって使っていたことがあった。その頃から、それまでとんと本など読まなかった僕が、急に本に目覚め、母親が最近辞書をひきながら本に夢中になっていると誰かに話しているのを聞いていた。
 当時読んでいたもので思い出すのは、森本哲朗氏の本などであったように思う。なるべく難しそうで同級の者も知らないようなコトバを使っている哲学的な本を好んで読んでいた気がする。
 しかし学校の勉強の方は一向に駄目で、理数系の教科が特に苦手な高校生だった。

 卒業文集に書いたものなど、今から考えると含羞ものでニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」をもじった題名を勝手につけられて載った。この世のいかなる天才にも自分が追いつけないことを自虐したような文章であったように思う。
 当時「青春の蹉跌」などという本がはやっていた。アンニュイでうぬぼれの強いくせに、自分を卑下するというねじくれた今から考えるとイヤな奴だった。

 ともかくも時代は1970年代初期に引きづり戻された日であった。
 久しぶりなので、エマーソン・レイク&パーマーの「展覧会の絵」と「赤頭巾ちゃんきをつけて」を見てみよう。
 


YouTubeって何でものってるんだね、感心する。

 そうそう、この「赤ずきんちゃん・・・」と同時に二本立てのもう一本が、岩下志麻出演した「あの人は女教師」だったが、それはないかな?当時の高校生にはちょっと刺激の強いものだった。

 二本立てで思い出したのが、やはりこれも'70年代初期でBeatlesの"LET IT BE"と同時にやっていた「サテリコン」という作品。
 古代ローマを題材にしたもののように思うが、"LET IT BE"を何度も繰り返し見たいが為に、この気持ちの悪い「サテリコン」も繰り返しみなくちゃならなかったのが苦痛だった。


 しかしこういう二本立て同時上映というのは、いつまで続いたのかね。いつの間にかなくなった。

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by jamal2 | 2017-02-11 03:52 | 映画 | Comments(0)

「いちご白書」は永遠に


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これは僕が15歳のとき観た映画のうちベストの一つであった。他の一本にはBeatlesの"Let it be"があった。
時代は1970代、アメリカはニクソン政権であった。ベトナム戦争のさなかである。
Beatlesのメンバー、John Lennonは"Power to the people"を作り、この戦争に反対を表明した。今では彼の追悼コンサートには必ずと言っていいほどこれを全員で合唱する。
それほど人民にアピールした曲だった。非常に単純な曲である。が、パワーと精神が籠もっていた。
この「いちご白書」のラストシーンを飾るのもこの曲である。ストライキに入った学生たちが、大学の講堂でデモ破りの警官たちに怯えつつ、互いに鼓舞しあいながら床を鳴らして歌い続ける。そして劇的なラストを迎える。

15歳の僕にはベトナム戦争は他山の石であり、反戦運動にも無関心であった。
その頃は、これを観たからといって行動に出るほど大人ではなかった。
僕が漸く政治活動もどきに関心を持ったのは、20歳からである。
それまでは無論マルクス主義など縁のないことであり、20歳過ぎにそれにのめり込むなど予想だにしていなかった。
僕がそんなことに夢中になっていることを知った母は嘆き悲しんだ。
彼女は敬虔なクリスチャンだったから。宗教を否定する思想にかぶれるなど信じがたいことであった。みんな同じ方向に顔を向けていたかったのに・・・、と嘆いた。

しかし、今考えれば一種のマラリアみたいなものであった。熱病的に傾倒していただけのこと。「資本論」だの「マル・エン全集」を読んではいたものの、本当のところは一知半解に過ぎなかった。

就職すれば、一気に「転向」してしまった。イディオロギーにかぶれた者は御法度だっからだ。飯のたねを稼ぐには、「飯をくれ」の思想はすてなければならなかった。逆説的である。

話は「いちご白書」に戻すと、主人公サイモンとリンダが大好きだった。なんて可愛いリンダ。リンダ役キム・ダービーなんてもうお婆さんになっていることだろうが、(失礼!まだ69歳で生きてた)彼女のポートレートを探して書店巡りをしたものだった。外国雑誌専門店で見つけたときの喜びようは表現出来ないほどだった。書店を出るや、わけもわからず路上を走り抜けた。いや、その映画を観たときにも、狸小路を駆け抜けたのだ。
そういうインパクトがあった。

どのシーンも僕には今でも心に残っている。
ハドソン川?をボート部のカッターが滑るように漕いでイクシーン。"ストローク、ストローク""in""out""in in in"のかけ声に部員たちが意気をあわせてパドルを動かす。

サイモンは無思想だったが、いつのまにかその渦中に入っていく。そこで、リンダと出会うのだ。そして恋が芽生える。
食料係りになった二人が、食料品店で強盗まがいのことをする羽目になる。怯えている風の店主がレジのところで、手をあげ肘でどこにいいものがあるか教える。
なんのことはない。保険金でもねらっていたのだろう。
彼らが店を出るととすぐ「おまわりさん 泥棒だ!」と外にむかって叫ぶ。
意気咳切って逃げ出した二人は、公園でささやかなデートを楽しむ。
カートにリンダを乗せ坂道をおりていくシーン。
坂道が多いところをみるとサンフランシスコ?あたりか。
ハドソンに坂が多いかどうかは知らない。

レコード屋でレコードの視聴するシーンなんて、懐かしい!
ただで何度も聴けるから、当時つきあっていた女の子と店員が嫌がるまで繰り返した思い出がある。あと、ジュークボックスもかなり利用したデートアイテム。
音楽だけが僕と彼女を繋ぐ絆だったから。
そういえば、音楽喫茶というのがかなりあった時代で、好きなジャンルの店で珈琲一杯で何時間も過ごした。
まさに、「青春」そのもの・・・

「いちご白書」の由来は、イチゴが「赤」だったから。ただそれだけのこと。

自由と議論が横溢する大学学内の光景。15歳の僕にはまだピンときていなかったが、アメリカってこんな風なんだと、ぼんやり印象に残していた。
後日、僕も大学に入れば、日本もアメリカも変わりはない無法地帯であることを実感することになる。

作詞作曲荒井由美の「「いちご白書」をもう一度」なんて曲があったが、やめてくれその暗さがたまらない・・・と本編に心寄せていた僕には拒絶感しかなかった。

テーマ曲は、「サークル・ゲーム」バフィー・セチュメリーというインディアンの血をひく歌手。これがまたいい。チリメンビブラートのかかった歌声が素敵だった。
他にも、ニール・ヤング、ジョニー・ミッチェル、そしてジョン・レノンなどの曲が挿入されている。

「青春」なんて面はゆい言葉だが、やっぱり僕にそれがあったことを認識させる映画であった。












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by jamal2 | 2016-12-25 16:47 | 映画 | Comments(0)

「独裁者」の資格

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昨日からデヴィッド・ロクサン、ケン・ウォンストール共著の『ヒトラー強盗美術館』を読み出す。五木寛之著『戒厳令の夜』上・下に記されたヒトラーの「リンツ美術館計画」のことである。結構いい資料だ。出だしのとこでこの計画に籠められたヒトラーの動機、青年時代の怨念を晴らす為の計画であったことを示されている。読みながら思いついてチャップリンの「独裁者」(The Great Dictator)と関連する動画も。その中にはこんなのもあった。



ヒトラーとチャップリンを対照的にみたもので、その相似した部分と差異を示している。著書の方でヒトラーの出自と境遇について触れているが、結構裕福な家庭に生まれたが、学業面の成績の悪さ、ウィーンでの不遇の青年期、それに対して良かったリンツ時代への思いを対比させ、美術大学の入学に失敗し水彩画などで口に糊していたものの売れず浮浪者と共に生活をしなければならなかった不遇時代への怨念をいかに晴らそうかを胸に秘めた先にあったものが、独裁者ヒトラーを形作り、ゆくゆくはリンツ計画に結びついていく稜線を示している。ヨーロッパ中の美術品を強奪し我がものにしてきたヒトラーとゲーリングでは似たところもあるがかなりの差異もあったようだ。偏向したヒトラーの美術品に対する観察眼や嗜好に阿る美術商カール・ハーバーシュトック等やドイツ最大の美術館長ハインツ・ポッセとのやりとりを追っていきながら、リンツ計画の構想を浮かび上がらせている。
これと対比させて"Charles Chaplin vs Adolf Hitler"という動画をみると、境遇の近似と相違、映画「独裁者」に籠めたチャップリンの描写と意図が意味ありげに見えてくる。この動画のなかで「創造者」と「破壊者」という比較はなかなか言い得て妙だ。
独裁者の「資格」なるものも著書のなかから見えてくるようだ。偏狭な性格、部下を命令通りにさえしていれば自ら手を下さなくても思い通りになると思う部分と、全ては自分に決定権があるというシステム造り、ドイツがそしてヨーロッパ全土が自分に跪くという独善性を支える誇大妄想癖、周囲の言葉に耳をかさない閉ざされた思考、そういった独裁者の資格さえ浮き上がらせている。そういった強い反面孤独な意志が狂気を生んでいく人間模様が如何に国家建築に反映してきたかをみると、政治にとって「人間性」が少なからず物事を左右することを知らされる気がする。歴史を不文律なところで支えている要素なのだろう。
信長、秀吉、家康という日本の中世を形作る系譜が示すものとヨーロッパ中世とが類似しているとすれば、ヒトラーやスターリンなどの存在は現代にあって「異形」に思える。昭和初期を「異体」と捉えた司馬遼太郎のこの言葉とあわせて考えてみると、歴史が「螺旋的に」動いていることを感じさせる。歴史の発展法則がマルクスの唯物史観の示した通りなっている部分と経過的にはなっていないと感じさせる部分がある中で、どう振る舞うべきかを市井の立場では右往左往するが、そうやって「市民」は過ごして来たんだという例をチャップリンは示しているのではないか。ある意味「強さ」と「弱さ」の相克のなかで弱いものの「強さ」を感じさせるし、だからこそ人間なんだというヒューマニスティックな「表現」をしてきたのが彼であったのだろう。

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by jamal2 | 2016-10-03 02:08 | 映画 | Comments(0)

本、ジャズ、映画・落語・プラモデル・・・ディレッタントな日々


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